最近の榛名にとって休日を三橋の部屋で過ごすことが、ごく当たり前のことになってきていた。
三橋も一緒にいることに少しずつ慣れてきたのか、以前のように挙動不審になったり、極度に緊張することはない。日々進歩と言ったところか、と独り言ちた。そんな今、部屋には榛名だけで、当の三橋はというと台所に母親が買ってきていたというジュースを入れに部屋を出ている。

「暑いな、しっかし」

榛名は三橋の部屋にある扇風機だけでは満足できず、さらに団扇で扇いでいた。
どこかでもらったのがバレバレの団扇で、「個人指導!成績アップ!!」と大きな文字で描いてある。三橋はこれを見て何とも思わないのだろうか。
学校の成績がよろしくないというのを、三橋が問題集を握りしめながら呟いていた。

「な、投げられなかったら、オ、オレ、役立たずに、戻っちゃう」

テスト前は何か鬼気迫るというか、身に迫るものがあったようだ。
榛名も少しばかりではあるが、学年が上ということもあり勉強をみてやったのだ。

「は、榛名さん。これ、入れてきました、よ」
「おまえ、またどもってる」
「……っ!!」
「言ってみ?ほら」
「は、榛名さ、榛名さん」
「もう一回」
「榛名、さん」

よろしい、とにんまり笑ってジュースを受け取った。三橋は安心したように胸を押さえて深く呼吸をした後で、へにゃっと笑った。未だに名前を呼ぶことに緊張するのか、三橋はよくどもる。それを逐一咎めるのは何だかいじめてるようで、見逃してやることも多い。だがそれで我慢できないのが榛名だった。たまにこうやって指摘してやると、しばらくはちゃんとどもることなく名前を呼べるのだから。

「榛名さんは、オレンジジュース、好き?」
「あぁ、そうだな。グレープとかよりかは好きだな」
「ぶどう、嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないけどな。まあ、飲むのはオレンジとかが多いな」

オレンジはビタミンが豊富だということもある。健康を気にしている榛名らしい理由だ。
そんなもっともらしいことを三橋に言えば(半分は嘘ではないから)、三橋はなるほどという顔で何度も頷いている。まったく、からかいがいのある奴だ。
榛名は笑いを堪えきれず、何度も頷く三橋の頭に軽く手を置いてぽんぽんと叩いた。

「おまえ、本当に面白いな」
「え、オレ、別に……お、面白くなんか」
「……ップ、おまえ、その顔すごい言ってることと逆だぞ」
「えっ?!」

面白いと言われたことが嬉しかったのか、三橋はにんまりとした顔をしているのだ。
指摘されて、慌てて自分の顔を触って確かめる。それがまたおかしくて榛名は笑った。
あまりに榛名が笑うので、三橋もさすがに少しいじけたようだ。

「悪かった、悪かったよ、廉」
「お、オレ、面白くない……です」
「あー、それだけじゃなくって(いやもう全部面白いし、可愛いんだけど)」
「ん?」
「いいよ、もう」

榛名は三橋に向き直ると、ゆっくりとその顔を近づけてキスをした。
三橋は一瞬驚いた顔をしたが、逃げることはなく自分からも榛名の方へと傍に寄る。

カラン、と三橋が置いたグラスの氷が音を立てた。





夏がきた

二人きりで過ごす、穏やかで幸せな夏の午後。


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