「ごめん」と拒まれたのは決してはじめてじゃなかったけれど。
どうしてかその態度に冷たさというよりも、自分への拒絶を感じてしまったのは嘘じゃない。
「悪い」と続けたその表情がいつもと違って見えて、なおのこと不安を煽られた。
まるで、終わりを感じさせるような心の距離感に焦りだけが募っていった。


そして、それが爆発して今に至る。


「好きです、加具山さん。好きなんです」

うわ言のように繰り返す後輩の背を加具山は軽く一定のリズムで叩いた。まるで子どもをあやすようなそれにも、怒ることも止めることもしないで榛名は離さないようにぎゅっと加具山に縋りつく。
ぽんぽん、ぽんぽん。
本当にらしくなく取り乱している榛名が落ち着くように何度も根気強く続けていた。
ようやく腕の強張りが解けかけたのが見えたが、すぐさまぎゅっと力が込められてしまった。

「なぁ、おまえはいつになったらオレを離してくれるんだ」
「そんなの絶対に嫌っすよ」

いい加減腕も疲れた。しがみつかれているのだって楽じゃない。
けれど体を離そうすれば、なおのこと強く引き寄せられてしまう訳で逆効果だとわかった。

「別にオレは逃げも隠れもしないし」
「……嘘つき。さんざんここんとこ逃げてたじゃないっすか」

あーあれはなーと目を泳がせて誤魔化そうとした。が、榛名のキツイ視線が睨みつけてくる。
ふうと一つ溜息をついて、仕方なく視線を合わせて向き直ることにした。
榛名はわからないことはわからないとハッキリ言う代わりに、わからない限りは決して中途半端に納得することもしない奴だった。つまり、説明してやらないとわかってもらえてないことはいつまでも榛名にとってはわからないままなのだ。それだから生まれる誤解やすれ違いは今までだってたくさんあった。今回もまたそのパターンか、と小さく独りごちて口を開いた。

「別に逃げたかった訳じゃないんだって」
「じゃあ、」

――ただ距離を置きたかっただけ

「それって逃げてることとどう違うって言うんすかっ?」
「違うよ、全然違う。榛名がわかってないだけだろ」

榛名は加具山にとって影響力を持ちすぎた存在なのだ。それはある時を境に恐怖を伴っていた。
いとも容易く自分を追いつめる榛名に対して、加具山は満足な抵抗すらできない。
距離を置くことは、だからこそある意味自己防衛反応に近いのかもしれないと思っている。
榛名に半ば押し切られこのような関係にまでなり、流されるままに流されてしまえば楽だっただろう。でもそれは自分のなけなしのプライドが許さないのだ。翻弄されることが続いても、自分の意思や気持ちだけは見失いたくないのだ。冷静になって向き合える距離が加具山には必要なのだ。
自分がいたいと思うからから一緒にいる、という安心感が時として無性に欲しくなるのだ。

「そんなのわかんないっすよ」
「だろうな。……ま、説明したってそうわかってもらえるとはあんま思ってなかったし」
「オレは加具山さんが好きで、オレのことが好きな加具山さんがもっと好きだから」
「……わかってるよ」

わかってるから。だからオレはおまえと一緒にまたいることができるんだから。

不安にさせたことを素直に詫びれば、不貞腐れたように「……そうっすよ」と唇を尖らせた。
こういう態度はカワイイと思う。カワイイという形容詞が似合わないと思われる榛名だけれど、それでも加具山の前で見せる時として幼い仕草や言動は、彼の瞳には微笑ましく映った。

「榛名、オレもおまえがちゃんと好きだ」
「ちゃんとって何すか、そのちゃんとって!!」

あーもううるさい、人の揚げ足取ってるんじゃねェよ!と逆ギレしてやれば、顔をそっぽ向けて今度は拗ねた。どこのガキだよおまえ……と呆れつつも、それすら今は愛しくて思えて仕方ない。
これ以上口論を続けることを諦めた加具山は「こういうことだよ」と告げると、その顎に手をかけて唇を重ねた。榛名の目が驚きに見開かれて、ピタリと動きが止まった。

「…ッ………」

加具山としては、されることにはようやく慣れたけど、自分から仕掛けるのはまだ慣れない。あっという間に主導権は移動してしまって、いつの間にか榛名が思うように貪っている。
けれど、どうやら機嫌だけは直してくれたらしい。そう納得して、今日だけは甘んじてその我儘も広い心で受け入れてやることにしようと心に決めたのだった。


いつか、この心の距離を縮めることはできるのだろうか。
いや、いっそのことこの距離を飛び越えてきそうな榛名に加具山は小さく苦笑した。




こんなに近くてこんなに遠い

この距離をなくしてしまえたら……。


△menu