自分でも不思議なんだけどさ、オレ気がついたらおまえん家の前にいたんだよ。和。

雨に濡れた髪を貸したタオルで拭きながら、彼はただ自分でも訳がわからないと言った表情でそう呟いた。
何があったのかなんて聞けはしない。いや、自分はきっとあえて聞かないのだ。
黙って何かを答える代わりに温かい湯気を立てるコーヒーを差し出した。
受け取る彼の手はかすかに震えていたが、それもやはり見ないフリ。

ありがとよ、親友。
どうせ来るなら傘くらい差してこい。

そう言って思わず苦笑いすると、彼はやっと安心したように目元を綻ばせた。




空から降る冷たい涙

おまえがそれを望むなら、オレはこうしていてやるからさ


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知っていたとかわかっていたとか、そんなことは詭弁でしかなくて。
ただオレはそれでもこうすることしかできなかったんだ。

「ごめんな、利央」
「準サン、謝るくらいならしなきゃいいのに、こんなこと……」

利央が少しだけ辛そうな顔して目を伏せた。
普段はバカだ阿呆だとさんざん言っているけれど、オレは本当は知っていた。
こいつはいつだって鈍感で周りを振り回すだけのような奴に見えるけれど、オレのことや周りのことに変なところで聡いのだ。こっちが腹が立つほどに。困ってしまうほどに。だから隠せない。

その大きく澄んだ瞳で見つめられると、どうしてだろう。オレは懺悔したくなる。バカみたいだけど。

窓から差し込んだ朝日に思わず目を細めた。そのまま光がゆっくりと利央を包み込んだ。
その姿は本当に冗談みたいに天使みたいで、綺麗で、やさしく見えて。

「オレは、……どこで間違ったんだろうな」

涙が溢れそうになった。訳もわからない衝動と胸を焦がす焦燥。
そんなオレの手を握って、静かな声で利央は告げる。

「間違ってるってわかってて、それでもオレはこうしたよ。だから後悔なんてしてないし」


―――だからオレと準サンは同罪ってヤツ。


「裁かれるなら準サンと一緒がいい」
「バカ、誰が裁くんだよ」
「やっぱ、カミサマ?」
「……そんなもん怖くも何ともねェよ」


(別離の痛みがこの身を引き裂き、大切な人を失うこの恐怖と絶望を知った今なら)




Deification

思いを返すことのできないオレを、おまえはそれでも赦してくれる?


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だるい身体をを起こしてみれば、そこはすさまじい惨状だった。
脱ぎ散らかした服の中からシャツだけをとりあえず手に取って羽織ると、額に手をやって考える。
思い出してみれば、酔った勢いで部屋へ連れ込んでそのままベッドイン。
記憶はあるところからプッツリと途切れていた。


「おまえな……」
「まぁ、待てって和己。話は最後まで聞け」


それがそこらの女ならともかく、あの後輩であったことが問題な訳で。
しかも、あやふやながらも夢現に覚えている記憶を辿るとかなりやってしまったようである。
今更ながら絶句して、そして傍らに寝そべる彼を見た。身動ぎしたかと思うと、うっすらと目を開ける。

「……おまえ、昨日オレが何したかとか覚えてんの?」
「……ええ、もうバッチリと」


容赦しませんでしたからね、慎吾サン。


強烈な皮肉と文字通り綺麗としかいいようのない凄みのある笑みを口元に浮かべて彼は答えた。
怒っている。これはもう確実に怒っているに違いない。
冷や汗をかきながら、すまん!と床に手をついて謝った。土下座したことなんてこれがはじめてだ。
頬杖をついてベッドの上から見下ろした彼は、驚きつつも呆れた様子で溜息まじりにこう続けた。

「謝られても困るっていうか、嫌だったらぶん殴って失神させてますってオレが」

は?と口を開けて今度はこちらが驚く番だった。
そういうことです、と一方的に片付けた彼は涼しい顔をして、自分に笑いかけたのだ。


「オレどうすりゃいいんだろうなァ、据え膳食わぬは男の恥っつったけど」
「……オレにどう言ってほしいんだ」
「オレはこのまま本能の赴くままに突っ走ってしまっていいんだろうか、和己よ」
「……何とも言えんぞ、オレには」
「オレが手に入れちゃっていいんかねー」

「あいつは嫌なら嫌って、絶対に言うだろうが。というよりも、顔に出るんだけどな」

「……だよな」
「なんだ、どうするか覚悟でもできたか?」

困ったというよりも、仕方ないと言った雰囲気で自分を見る友人に、かもね、と一言答えてグラスの酒を飲み干した。とりあえず、釈然としないでもやもやしていた迷いは消えてくれたようだ。




ごめんなさい。

まあ、オレからすれば結果オーライってことで。


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