「……寒いっ!」

喉の奥から絞り出すようにして阿部がそう呟いたのがわかった。天気は午後からあいにくの下り坂。
たまたま外の様子を見ようとして、窓際の席である阿部が目に入ったのだ。
堪えきれずにそう漏らした阿部は、拳をぐっと握り込んで、小刻みに体を震わせていた。
寒さへの苛立ちか怒りがそうさせているのだろうか。どちらにしろ、傍で見ていて恐ろしい光景だ。

「うわ〜、阿部が機嫌悪そっ」
「どしたの?阿部くん」
「あぁ、篠岡。阿部ってばさっきからすっげー機嫌悪くてさ」

眉とかこーんな風になっちゃってんの、と思い切り眉間に皺を寄せる。
すると不意にこちらへぐいと顔を向けた阿部が、この会話に気付いたのかズカズカとやってきた。
え?聞こえてないよねと内心焦りを覚えたが、しらばっくれることにして「何か用?」と開き直った態度に出てみた。が、机の前に仁王立ちした阿部は手加減なしの一発をオレにくらわせた。

「……痛ェ。なんで殴んだよ〜」
「おまえのことだから、どうせ碌なこと言ってなかったろ」
「うん、大事なことではなかったよね」
「ていうか、そういう問題じゃないし篠岡」
「阿部くん、寒いんだったらこれあげる」

差し出されたのは、どこでも売ってるようなカイロだ。

「別にいいよ。我慢できるし……(わざわざもらうのは気が引ける)」
「いいなー、オレもほしー」
「じゃあ、はい」
「――二つ、あるのか?(水谷にやるくらいならオレがもらう)」
「ううん、まだあるよ」

ポケットから三つ目のカイロを取り出した笑顔の篠岡に、思わず唖然とするオレたち二人。
やっぱりうちのマネジはなんかすげェよ。……なんて思ってしまった冬の午後。




女の子はミステリー

まだあるよっていう篠岡に、オレと阿部は二人して「なんで?」とツッコんだ。


△menu

















泣いている。
君が泣いている。

君が泣いている。僕の傍で泣いている。

「おい、どうしたんだよ」
「ご、ごめっ、ごめんな、さい」

こんなにも近くにいるのに、その心は悲しくなるほどに遠い。


(泣きたいのはオレの方だ―――)




How to say to you

どう言えば、おまえは泣き止んでくれる?


△menu

















もうこんな時間になっては誰もいないものと思って、少し沈んだ気持ちでドアを開けた。
けれど、そこにはいつもと同じ仲間が当たり前のように揃っていた。それだけで嬉しくなる自分がいた。

「お、やっと三橋きたー!遅かったなァ」
「何してたんだ?」
「なかなか帰って来ないから心配してたんだぜ、な?」
「みんなそろそろ暇してたんだよ」

「おかえり、三橋」

驚いて立ち竦んでいると、早く入れって、と不思議がる声。そんな言葉にすら戸惑いを覚えた。
別に何をしていたという様子もない。だからこそ、余計に混乱して、期待してはいけないことを期待してしまいそうになる。みんな、何し、て……と、思わず動揺したまま問いかける。

「何って、おまえを待ってたんだろ」

答えを待てずに伏せてしまった顔を上げようと思ったのに。
阿部のそのストレートな言葉でまた俯くしかなかった。たくさん胸の中に言葉が溢れてくるのに、口に出そうとすればどれも声にならない。ただ胸元でぎゅっと手を握り込んだ。
そんな態度を訝しげに思ってか、近づいてくる気配がした。

「……た、だいまっ!」

微妙に上擦った声でも、意を決して告げた言葉。自分が、家族以外に使うことのなかった言葉。
ポカンとした顔で、あぁと返す阿部や何やら呆れたような困ったような顔で微笑む仲間の面々。
不意に元から弱い涙腺が緩みそうになって、慌てて袖で拭った。お?三橋どうかしたか?、何かあったのか?と口々に声が掛けられた。それがさらに拍車をかける結果となって、くぐもった声が出た。
今度は阿部が眉を顰めて、おまえ本当に大丈夫?と問いかける羽目になってしまった。

(―――違うんだ)

そう言って安心させてあげたいのに、うまく言葉が紡げない。
にへへ、と怪しげな声を発せば、どうやら平気らしいと判断してくれたようだ。

おかえりー、と造作もなく返される言葉。
当たり前のようにもたらされる愛情。

自分が今まで手にすることのなかった場所。その幸せがこんなにもこの胸を締めつける。




あたたかい場所

オレはこんなに幸せでいいんだろうか。


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