「和サーン、聞いてくださいよーコイツねー」
「だぁっ、もうちょっと準サァンっ!」

にやにやと準太は焦る利央を尻目に、大きく手を振って和己を呼んだ。
その手を必死で止めようとしつつ、かと言って無茶して投手である準太に怪我をさせてもいけない訳で。
悩める利央は来なくていい!という風に自分も手を大きく動かして、必死の形相でこちらへ訴えてくる。

「あいつら今日も元気だなァ」
「どうせしょうもねえことで準太が利央からかってんだろ」
「何だろうな。おまえ、わかるか?」
「さぁて。どうせ、利央がいつもの阿呆さ加減を晒しただけだろ」
「本人を前にしてそういうことはあんま言ってやんなよ、慎吾」

苦笑するも否定はせずに、和己は親友に目配せして釘を刺す。
わかってますよと肩を竦めた慎吾は、彼より先に「オレにも教えろよー」と後輩たちのもとへと向かった。

「来なくていいから、慎吾サンはぜってぇー来なくていいからっ!!」

お、そんだけ否定すると余計に知りたくなるのが人の性っしょ、とにやりと慎吾は口の端を上げて笑う。
そういう反応の仕方が人が悪いと和己はいうのだ。準太の口封じは諦めて、いっそこの場を離れようと逃走体勢に入った利央だったが、一足先に勘付いた慎吾によって腕を首に回されあっけなく御用となった。

「和サーン、何してんすかァー?」

準太が不思議そうに呼ぶ声でハッとした。三人が三者三様の表情で彼を待っている。
おお、と軽く片手を上げて、和己は傍観者となっていた自分に小さく苦笑した。
だが彼とて毎回利央の味方をするほどいい人である訳ではなく、その後、利央はさんざんからかわれて、「ひでェ、鬼だ、悪魔だ!」と騒ぎに騒いで、最後には泣きを見る羽目になった。


だがそれは桐青野球部にとって、見慣れた日常の光景でしかない。




そこに愛があるならば

愛さえあればすべてが許されるなんてアンタたち思ってんじゃないんすかァ?(涙)


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今この時が永遠に続けばいいだなんてバカみたいなことオレは思ったり考えたりしないつもりだ。
それでも今この時が永遠に続くなら……と心のどこかでわかっていても願う自分がいることを知っていた。

当たり前のような風景がどれ一つ、当たり前の会話が何一つ、本当は当たり前でもなんでもなくって、そのことにオレが喜びと同じくらい不安を抱えていることをこの人たちは知っているんだろうか。
笑顔の裏に隠した、どうしようもないこの焦りを。

「どうした?準太。考え事してんのか」
「……ッス」

ま、ほどほどにな、と肩を叩かれて驚いた。見透かされたように感じて、うまく表情が取り繕えなかった。
オレの大袈裟な反応に驚いたのか目を丸くした和サンは、すぐにふっと目元を綻ばせた。
訳もわからずに恥ずかしくなって、居た堪れない気分になる。

「いい天気だなァ、準太」
「そうっスね」
「こんな日に野球ができるなんて幸せだよなァ、オレら」
「……っスね」

んじゃ、もっかい行くぞ!と和サンの手にあったボールがオレのミットへ収められた。
目を閉じれば耳に届く心地よいミットにボールが吸い込まれた音、いつもと同じような周りの喧騒。
無意識に肩に力が入っていたのが、やっと抜けた気がした。大きく振りかぶる。

「行きますよ、和サン!」


(たとえ今が今だけのものだとしても、それでもオレはこの時間を少しでも長く――)




いずれ知る絶望と孤独

いつか知る気持ち、いつか来る時、それでもまだその先を知りたくなんてない。


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遅くまで練習が長引いたせいで、こうして二人で並んで帰る羽目になってしまった。
別にそれは特別なことではなくなって、今ではよくあることだ。
ただ、どうして先に仕度を終えたオレがこの人の帰る準備を待たなくちゃいけないのか、それを理不尽だと思う気持ちはまだ拭えない。バカみたいに部室の外で待っている自分が、たまにハチ公なんかと同じレベルじゃないかと思えて、溜息が出た。それがあの人にとって当たり前であることに、くやしさが増す。

「あ、そうだ。タカヤ、おまえアレ何て読むかわかるか?」
「何すか?……アレって」
「あそこにあるだろ、ほら駐車場の看板に。駐車場の前に漢字で書いてあるだろ」

元希さんが指差した方を見ると、月極駐車場と書いてあるのがわかった。
自分が思い立ったら即行動、他人を無視した唐突な思考で人を振り回すことの多いこの人が、一体何をしたいのか、すぐにわからないのは今にはじまったことじゃない。とりあえず聞かれたことに答える。

「“つきぎめ”のことですか……」
「げっ、おまえアレ“げっきょく”って間違えて読まねェの?」
「ってことは読んだんですね、元希さん」

あえて肯定の形で返した。すると、図星らしく途端に言葉に詰まって、眉がひくついたのがわかった。
いつものようにすぐさま怒鳴られるかと思った。
もしくは「タカヤの分際で!」と理不尽な八つ当たりを受けるのかと身構えた。
今回はそのどちらでもないだけに、少しはマシになったかと思ったオレが甘かったらしい。

「おまえ、バラって漢字で書けるか?」
「…………書けなくはないと思いますけど、自信はないッス」
「じゃあ、書け。今すぐそこに書け」

はぁ?と驚けば、オラ書けっつってんだろ!と蹴られた。
仕方なくそこら辺に落ちていた石を拾うと、すぐそばの空き地で地面に「薔薇」と書いてみた。

「バーカ、間違ってやがんの。おまえ、こう書くんだよ、よく見とけ」

自信満々に元希さんはオレから石を奪うと、地面に汚い字ながらも正しく「薔薇」と書いた。
だが、書けなかったくやしさも相まって、それがどうした?という気持ちが強い。

「で、それと“つきぎめ”とどう関係あるんすか?」
「薔薇も書けねえ奴が、オレに対して偉そうにすんじゃねェよ」
「っていうか、“薔薇”は書けなくても別にいいとして、月極は常識でしょ」

元希さんは球が速いからってけっこう常識に欠けてますよね、と付け加えた。勿論、嫌味だとわかってだ。

「オレの勝ちだからって、負け惜しみ言ってやがんだろ」
「いや、勝ち負けとか関係ないですから。常識だって言ってんだろ!……って聞けよ、おいっ」

はーはー、薔薇も書けないタカヤに何言われたって痛くも痒くもねェーとさっきと打って変って満足気な表情を浮かべて、元希さんは歩き出す。ぐぐぐと言い返せない鬱憤だけがオレの中に溜まった。

「おーい、早くしろよ。置いてくぞ、タカヤ」
「はいはい、はいはい、今行きますよっ」
「おまえ、はいって言い過ぎ」
「元希さんて、ほんっとーに、変なとこ細かいですね」

おまえ、生意気!といつものようにお決まりの口論が始まる。
それでもオレはこんな時間が嫌いじゃない。今まで誰にも言ったことはないけれど。


(アンタとこんな風に穏やかに過ごせるのは、こういう時だけだから―――)




二人してバカみたいだ

そんなオレの気持ちをきっとアンタは絶対に気づかない。


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