珍しくぎゅっと服の裾を掴んで離さないという子どもじみた事をしたので意外に思った。
年下扱い、子ども扱いは何より彼が嫌悪するところだったからだ。それは一つの歳の差を意識した、いつも対等でいたいという心の奥にある願望からなのか。
だが、その行為は無意識だからこそだったようだ。
島崎の視線を感じて気がついたのか、パッと手を離すと恥じるように俯いてしまった。

「オレ、どこもいかねえけど?」
「違っ、別にそういうことじゃなく、て……」

意地悪く顎に指をかけて、持ち上げる。わざと視線を逸らそうとするのを意図的に合わせようとする。
嫌がっていることをわかって島崎がそんな行動を取っていることに彼だって気づいてない訳がない。
眉間に寄せた皺をさらに深くして、睨みつけることで虚勢を張っている。突き崩すことは簡単だけれど、あえてそうはせずに、ただその唇を指でなぞることで我慢した。

「おまえ、そうやってたまにカワイイことするんだよなァ」
「たまにって何すか、それ」
「拗ねんなって。そりゃ、さっきのやってる最中もよかったけどさ」
「拗ねてないし、そういうこと聞いてないっス」

そうやって唇を尖らせている時点で、十分そうだとわかると言うのに素直に認めようとしないのだ。
それをカワイイと言うのだ。別に口出して言う必要もないけれど、あっそと簡単に流されるよりも、あからさまに態度に出してムキになってくれる方が、島崎としてはからかい甲斐があるのだ。
このような相手に対しては、そういう態度は面白く映るだけで、より嗜虐心を起こさせるものだといい加減気づけばいいのに、と勝手に心の中でひとりごちた。

「何かよくないこと考えてるでしょ、慎吾サン」
「準太のこと考えてた」
「嘘ばっか」
「本当だって、おまえ疑い深い性格やめたら?」
「嫉妬深い女みたいって言うんでしょ、どうせオレは根に持つタイプ で す し っ 」
「マジでそうだよな、なだめる身にもなってくれよ」

自業自得ですよ、とにべもなく準太は切り捨てる。屈みこんで覗き込めば、そんな言葉とは反対に甘えるように身を委ねてきた。立ち上がったところだったのを、再びベッドに腰掛ける形となり、そのまま準太が待ち受けていたかのように、キスを仕掛けてきた。照れ隠しなのか、始める合図となったキスと同じくらい積極的な誘いだった。それを無視するほど野暮な男ではなく、それに乗らないほどつまらない男でもない。すぐに主導権を奪い返すべく、準太をシーツに押し付ける。

「慎吾サン、何そんなやる気になってんスか」
「おまえのせいだよ、おまえの」

自ら仕掛けておいて皮肉る準太の憎まれ口に、凄みのある笑みで返す。余裕のある態度も今のうちだけだぜ、と告げると、勝気な笑みで準太が応えた。こういう瞬間になってもまだ簡単に屈服しようとはしない準太が島崎は好きだった。体を重ねてみてはじめてわかったことは、それはあくまで付き合うことの延長線にあり、一つの過程に過ぎなかったということだ。思いを確認する手段であって、相手を繋ぎとめる手段ではないことに二人は気づいてしまったのだ。

「……ったく、おまえって本当面倒くさい奴」
「どっちが」
「ま、それがいいとこかもしんないけど」

なおも何か反論しようと開きかけた唇の僅かな隙間に強引に舌を捻じ込んで黙らせた。バシバシと遠慮なしに背中を叩かれることで、抗議された。それもだんだんと弱まっていき、シャツを掴む力さえ緩く力を失っていく。本当カワイイ奴。準太が嫌がるからあんまり口にしないようにはしているが、島崎から見れば、準太の行動はあらゆる面で幼いし、カワイイ。面倒くさいとは言っても、それは嫌なことじゃない。それが島崎自身にとっても、付き合ってから気づいた意外なことだった。

「そういやさっきのアレ、おまえ無意識だったんだろ?」
「……何、のことっスか?」
「服の裾をぎゅって」
「……忘れてください、あんなの」
「やだね」

慎吾サン、と声を荒げたところを見計らって中で指を動かすと準太が耐え切れず声をあげて、島崎を睨みつけてくる。準太は思い出したくもないという風に、シーツに顔を押し付けた。
何かを我慢しているのがわかるから、それをわからせる彼が愛しくて憎い。騙し通してくれればいいのに。そんな風に島崎が思っていることをまだ、彼は気づいていないのだ。


一線を越えてしまってからは、幾度も体を重ねたことはある。準太だってもう慣れたはずだ。
いつもこの行為を終えた後、準太はなかなか起きないで眠ったままでいることが多かった。わざわざ島崎も起こすことはなく、一人でシャワーを浴びたり、先に着替えたりして待っていた。
別に特別傍にいる必要もないと思うのだが、起きた時によく準太は島崎を探すように視線を彷徨わせた。そして見つけると、なぜかホッとしたように微笑むのだ。
慎吾サン、とまるでそこにいることを確認するように口にされるその名前は、自分のものとは思えないといつも島崎は思う。どうしてそんな愛しさを込めて呼べるのか。
彼の自分に向ける愛情の深さを垣間見させられるようで、ただただ抱き締めてやりたくなる。
時折孤独に揺れる瞳に、自分の何が彼をそこまで不安に陥れるのか。
逆に不安になるのは島崎の方だった。

その表情は一つ違えば、まるで泣きそうになるのを我慢している小さな子どもを彷彿とさせた。
ある時目を覚ました時に島崎が傍にいなかった準太は、途方に暮れてどうしようか立ち竦む子どものようだった。戻ってきた時に振り向いたその瞳が忘れられない。島崎に忘れさせてくれない。

「慎吾、サ、ン、オレのこと、好き?」
「あぁ、好きだぜ。すげー、好き」
「……嘘ばっか」


(おまえはどうしたってオレといる限り、安心なんてできやしないのかもしれない)





やさしい声でささやいて

スキだって、その一言でいいから。


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